■「ちがい」「おなじ」ってどういうこと?

そのどちらも大切にしたいと言っている、「ちがい」と「おなじ」はどういうものなのかも書いてみます。

まず「ちがい」は、そのまんま「人はひとりひとりに違いがあること」を表しています。

この「ちがい」を大切にするというのは、「みんな違ってていいんだよ」ということです。

じゃあ、「おなじ」はというと、これは「人はひとりひとり同じ価値があること」を表しています。

この「おなじ」を大切にするというのは、「みんな価値は同じなんだよ」ということです。

「ちがい」を大切にというのは、教育や福祉の分野でよく聞くようになったと思いますが、この「おなじ」も大切にとはっきり表現しているところは、unicoのすごく大きな特徴なんじゃないかなと思います。

■「ちがい」「おなじ」が偏るとどうなる?

この「ちがい」と「おなじ」がどちらかに偏ってしまうと、辛く悲しいことが起こってしまいます。

「おなじ」に偏って「ちがい」が損なわれてしまうと、お互いに対等なんだということは認め合えるのですが、こうするべきやこうあるべきという「ふつう」の型にはまることが求められ、個性が活かされづらくなってしまいます。

逆に、「ちがい」に偏って「おなじ」が損なわれてしまうと、個性があることは認め合えるのですが、対等さが損なわれてしまいます。

できるできないや良いことをしたか悪いことをしたかによって人の価値が判断されるようになり、誰かは価値があるけど誰かは価値がないということが起こります。

いわゆる優生思想もこの偏りによるもので、行き過ぎると、やまゆりの事件(障害者は生きていても価値がないので殺した方が良い)のような悲惨な出来事につながりかねません。

~第3回へつづく~

執筆者:unico代表 濱田 諒